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東京地方裁判所 昭和38年(モ)4610号 判決 1963年5月24日

申立人 有限会社京浜市場

右代表者代表取締役 木都老正盛

右訴訟代理人弁護士 満園勝美

被申立人 原田光重

右訴訟代理人弁護士 五十嵐芳男

主文

一、当裁判所が昭和三八年(ヨ)第一五六六号不動産仮処分申請事件について同年三月二七日にした仮処分決定は、申立人が金七〇〇万円またはこれに相当する有価証券を供託することを条件として、これを取消す。

二、訴訟費用は被申立人の負担とする。

三、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、証人渡辺重太郎の証言(第一、二回)および申立人会社代表者の供述ならびにこれらにより真正に成立したものと認められる甲第一号証≪中略≫によれば、申立人が昭和三八年二月一一日渡辺重太郎に対し本件土地を代金一億五千万円で売り渡し、手附金として既に三千万円を受領していること、もし申立人が同年六月一日までに本件土地を何らの負担のないものとして所有権移転登記手続と引渡しを完了することができない場合は申立人は受領ずみの手附金の倍額を償還しなければならないこと、本件土地は実質上は一一名の訴外人の共有に属する(被申立人が右の共有者の一人であるかどうかの点は別問題である)が、右の手附金償還義務は、最終的な帰属は暫らく別にして、第一次的には申立人自身がその義務を負うものであることが疎明され、他に右認定を覆えすに足る疎明資料はない。

従つて、本件仮処分が昭和三八年五月末日までに取消されなければ、申立人は少くとも三千万円の損害を蒙る関係にあることが一応認められる。

被申立人は右の損害は申立人が自から求めて招いたものであるというが、これを認めるに足る疎明はなにもない。

二、他方、本件仮処分の被保全権利は、本件土地に対する被申立人の二一分の一の共有持分権である。本件仮処分が取消されたとしても右の持分権が当然に消滅する筈はないし、取消の結果被申立人がいうように、被申立人の権利の行使が著しく困難となることが予想されるにしても、それによつて被申立人の蒙る損害は本件土地の時価の二一分の一に相当する程度の金銭によつて十分に補償され得る性質のものであると認められる。なお、被申立人は本件土地に対する被申立人の共有持分は実質上は一一分の一であるというが、仮りにそうだとしても、本件仮処分は二一分の一の持分についてなされたものであるから、一一分の一の持分を基準として補償の数額を算定すべきものではない。

また、成立に争いのない乙第一ないし第三号証と被申立人本人の供述によれば、被申立人は従前から本件土地の一部に店舗を構えて食肉販売業を営む意図を有していたことが認められるけれども、本件土地が被申立人の企図する営業にとつて替え難い場所であることについては何らの主張、立証もないので、被申立人がその有すると主張する本件土地の共有持分に対して主観的に格別の価値を付しているとしても社会通念上これを特別に評価すべきものではないし、将来の営業による収益も必ずしも算定不能のものともいえないから、本件仮処分の被保全権利が金銭補償に親しまない性質のものと解さなければならない理由はない。

三、また本件仮処分はその事実上の効果において、二一分の一の持分によつて本件土地全部の取引を妨げるに等しい作用を及ぼすものであつて、申立人が本件仮処分によつて蒙ると予想される前記の損害は、その数額の点で、被申立人のそれよりも遙かに大きく、その蓋然性も強い。また、被申立人には、申立人の受領すべき本件土地の売買代金の仮差押などによつてその損害賠償請求権を保全する確実な途も残されているのであるから、この点からしても、申立人に本件仮処分を取消すべき特別の事情があると認められる。

なお、被申立人は手附金倍返しによる損害は不動産取引に伴う通常の損害にすぎないという。

損害賠償の問題としてはそのとおりであるが、仮処分の取消事由の問題としては、前記のように両者の蒙る損害が著しく均衡を失している場合には、これをいわゆる異常損害の一場合とみることを妨げないものと解する。

四、要するに被申立人の被保全権利は金銭的補償によつて終局的満足をうけうるものであり、しかも申立人は本件仮処分によつて異常な損害を蒙つているものと認められるので、申立人が金七百万円またはこれに相当する有価証券の保証を立てることを条件として、本件仮処分はこれを取消すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井良三 裁判官 友納治夫 原島克己)

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